着物 通販TOP > お知らせ > 三代女プロフィ−ル
はじめまして。
きものごころ女将 浮田真利子です。
皆様には 三代女(さんだいめ)と呼ばれています。
呉服屋が家業です。私で三代目になります。 小さいときから友禅を見てきたせいか私は日本画がことのほか好きでした。花鳥図とか美人画が特にすきでしたし、室町時代の絵画にも憧れていました。 単に好きというだけでしたのに、高校3年になって突然日本画がやりたいから美大に行くと言い出したのです。でも時すでに遅し、3年間ぐらいは研究室に通いみっちり基礎をしてからでないとだめですよとなだめられました。しかし、そう簡単にはあきらめきれなかったのです。通っている高校の美術の先生(著名な画家だったのです)にお願いして、無理やりの弟子入りでしたが、1年間基礎をしっかり教えていただきました。
学校選びは、今の時代と違い、その当時の私の家では自由がききません。県内で家から通えるところで公立でないとだめで浪人は許しませんと色々制約がついていました。 さすがに、愛知県内の美大となると県芸大ですが、技量がともないません。すると、画家先生は教育大の美術科にいったらどうだと勧めました。最初はがっかりでしたが、それでも絵と接することが出来るので嬉しかったのです。
・・という大学選びをしたので、当然のように美術の教師になってしまいました。2年間、中学校で美術を教えていたのですが、家業の呉服屋を継ぐというので教師をやめなければなりません。 でも美術となかなか離れられなく、京大や名古屋大学へ聴講生となり1年ほど美学美術史の勉強をしに行っていました。しかしです、とうとう本腰をいれ家業を継がねばなりません。きもの関係は母や祖母に教えてもらい、洋服関連はモ−ド学園へ通いました。(婦人服も扱っていました)
昼間部;スタイリスト科、夜間部;縫製科、大変な一年でした。もっともこの大変な一年のおかげで私の中で洋服もきものも基礎ができたのですけれど。着付けの免許を取得したのはもう少し後のことになります。
また、 ここ十年ぐらいですが、私は着物・帯の認識も新たになりました。洋服の仕入れなどで海外(特にイタリア)へ行くことも多く、改めて日本の良さを実感しています。特にきものに関わる技術の素晴らしさはもとより人を輝かすお道具としての「きもの」の素晴らしさ、どこの国にも引けをとりません。こんな経験から出た想いは、今の私の礎となっているようです。
最近、きものや帯を眺めていると嬉しいのです。おもわずニコニコとなってしまいます。まるで一服の清涼剤。ステキな絵を見るようで楽しいのです。
特に、職人さんの技量が発揮されているきものは、凄い。お召しになった方ご自身のオ−ラを後押しするかのように2倍にも3倍にもその人を輝かせてしまいます。なんとも不思議です。単にコ−ディネ−トをするのとは違います。本質を引き出して、輝かせてしまうという妙技です。もちろん帯もです。
きものや帯は本当に素晴らしいお道具だと思います。日本文化だから大切にといのではなく、日本人を輝かせてしまうお道具だから大切に守っていかないともったいないですよね。 お求め頂いた方に、匠の技で仕上げられたお似合いのきものや帯を探し出してきて、着て頂く。その方の満ち足りてとても輝いたお顔・・・・これが私の無常の喜びです。
精魂込めてつくられたきものを纏うと、きっと貴女は輝きます!
三代女
はじめまして。
きものごころ女将 浮田真利子です。
皆様には 三代女(さんだいめ)と呼ばれています。
呉服屋が家業です。私で三代目になります。
小さいときから友禅を見てきたせいか私は日本画がことのほか好きでした。花鳥図とか美人画が特にすきでしたし、室町時代の絵画にも憧れていました。
単に好きというだけでしたのに、高校3年になって突然日本画がやりたいから美大に行くと言い出したのです。でも時すでに遅し、3年間ぐらいは研究室に通いみっちり基礎をしてからでないとだめですよとなだめられました。しかし、そう簡単にはあきらめきれなかったのです。通っている高校の美術の先生(著名な画家だったのです)にお願いして、無理やりの弟子入りでしたが、1年間基礎をしっかり教えていただきました。
学校選びは、今の時代と違い、その当時の私の家では自由がききません。県内で家から通えるところで公立でないとだめで浪人は許しませんと色々制約がついていました。
さすがに、愛知県内の美大となると県芸大ですが、技量がともないません。すると、画家先生は教育大の美術科にいったらどうだと勧めました。最初はがっかりでしたが、それでも絵と接することが出来るので嬉しかったのです。
・・という大学選びをしたので、当然のように美術の教師になってしまいました。2年間、中学校で美術を教えていたのですが、家業の呉服屋を継ぐというので教師をやめなければなりません。
でも美術となかなか離れられなく、京大や名古屋大学へ聴講生となり1年ほど美学美術史の勉強をしに行っていました。しかしです、とうとう本腰をいれ家業を継がねばなりません。きもの関係は母や祖母に教えてもらい、洋服関連はモ−ド学園へ通いました。(婦人服も扱っていました)
昼間部;スタイリスト科、夜間部;縫製科、大変な一年でした。もっともこの大変な一年のおかげで私の中で洋服もきものも基礎ができたのですけれど。着付けの免許を取得したのはもう少し後のことになります。
また、 ここ十年ぐらいですが、私は着物・帯の認識も新たになりました。洋服の仕入れなどで海外(特にイタリア)へ行くことも多く、改めて日本の良さを実感しています。特にきものに関わる技術の素晴らしさはもとより人を輝かすお道具としての「きもの」の素晴らしさ、どこの国にも引けをとりません。こんな経験から出た想いは、今の私の礎となっているようです。
最近、きものや帯を眺めていると嬉しいのです。おもわずニコニコとなってしまいます。まるで一服の清涼剤。ステキな絵を見るようで楽しいのです。
特に、職人さんの技量が発揮されているきものは、凄い。お召しになった方ご自身のオ−ラを後押しするかのように2倍にも3倍にもその人を輝かせてしまいます。なんとも不思議です。単にコ−ディネ−トをするのとは違います。本質を引き出して、輝かせてしまうという妙技です。もちろん帯もです。
きものや帯は本当に素晴らしいお道具だと思います。日本文化だから大切にといのではなく、日本人を輝かせてしまうお道具だから大切に守っていかないともったいないですよね。
お求め頂いた方に、匠の技で仕上げられたお似合いのきものや帯を探し出してきて、着て頂く。その方の満ち足りてとても輝いたお顔・・・・これが私の無常の喜びです。
精魂込めてつくられたきものを纏うと、きっと貴女は輝きます!
三代女